
そのことに触れる前に、世界の教科書の扱いについて少し見てみましょう。
小学校~高校の教科書は国や地域によっていろいろな形態のものが使用されています。
政府と民間の関わり方から大きく分けて3つに分類されます。
1.国定教科書:国家(政府)が発行して、生徒に使用を義務付けるもの
タイやマレーシアなどはこのタイプです。韓国もこれに当たりますが、2010年から中高の教科書は国定でなくなったようです。
2.検定教科書:民間が発行するが、国家(政府)が検定を行なうもの
原則として、児童生徒は使用を義務付けられますが、検定外教科書を副読本として併用する場合もあります。日本やドイツ、ノルウェーなどはこのタイプです。
3.検定なしの教科書:民間が発行して、国家(政府)は基本的に干渉しないもの
児童生徒に購入の義務はなく、学校からの貸出し制にしている国もあります。アメリカや教育先進国と言われるフィンランドなどがこれに当たります。
有償か無償かの区分もありますが、現在はほとんど無償制度ではないでしょうか。
また、給付制か貸出制かの区分もあります。
現在の日本は無償の給付制度になっていますが、同じ検定制度のノルウェーでは無償の貸出制です。
一方、カンボジアの教科書は国定教科書で、無償の貸出制をとっています。
その場合、年度の初めに教科書を学校から借りて年度末に返却する形と、学校が管理して授業で使うときに借り、授業が終われば学校に返す形があるようです。
同じ教科書を何人もが使うため、教科書を印刷する予算の少ないカンボジアのような国には適した方法です。
恐らく紛失でもしようものなら大変なことになってしまうのではないでしょうか。
でも、1冊の教科書が何年も使われているとぼろぼろになり、表紙はおろか一部のページがなくなってしまうという事態も出てきます。
この使い古された教科書を換えるために、教育省では毎年各学校から上がってくる要望数を追加印刷して配布しています。
しかし現在、教科書の印刷・配布に関する予算は十分ではありません。
要望数、つまり必要数に対して十分な供給ができていないようです。
もう1つの問題は、この教科書が何とか配布されても、全部が学校現場まで届かないということです。
実は、教育省から各校へ送られる過程で誰かが教科書を抜き取って市場へ売っているというのです。
ある報告によると、地方の学校の先生や役人などが「非売品」と書かれた教科書を本屋に売っているということでした。
給料が安いためのやむを得ぬ対抗策とはいえ、事実とすれば教育に携わる人の仕業としてとても残念ですね。
私も本屋で教科書を買いましたが、よく見るとあるものは「販売用」と片隅に書いてありましたが、別のものは「非売品」と書いてありました。
あるとき「販売用」ということで安心して買ってみたところ、それはシールを張ったもので、それをめくると「非売品」という文字が印刷してありました。
実に巧妙で、だまされたにもかかわらず思わず感心してしまいました。
このため、教科書を持っていない子どもも相当数います。
ある教員養成校の卒業生へのアンケートの回答に、子どもにも、そして教師自身にも教科書がしっかり配布されるようになってほしいというものがありました。
生活に余裕のある家庭の子どもなら市場で売られている教科書を買えますが、田舎の貧しい子どもたちにはそれもできません。
そうなれば、先生が教科書の内容を黒板に書き、子どもがそれをノートに写すという授業になります。
仲間で教科書をいっしょに使って勉強するということもよくあります。
クメール語がわからないので何とも言えませんが、自分の教科書を学校に持って来なくても、先生もそれ程気にしていないようにも見えました。
国によっては、貸出制を取っている場合、教科書とは別にワークブックを用意し、それには自由に書き込みができ、しかも自分のものになるようにしているようです。
残念ながら、教育予算も教師の給料も安いカンボジアでは、ワークブックどころかプリント1枚すらなかなか用意できません。
教員養成校でも、プリントは必要な学生が教師から資料を借りて印刷屋で自費で印刷してくる状態です。
ときどき外国の団体から副読本などの寄付があるようです。
でも国全体に行き届くことはないのではないでしょうか。
届いてもどの程度利用されているのか不明です。
教員養成校の図書館や倉庫代わりの部屋にも、使われないままの資料集がまとまってあったのを見たことがあります。
筧 八郎
教育アドバイザー
元プノンペン小学校教員養成校
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