
2018年11月からコンポントム教員養成校でお世話になっています。
「光陰矢の如し」です。
コンポントムでの生活を約1年間、なんとか過ごすことができました。
理科・算数の教育アドバイザーとしてコンポントム教員養成校で、あと1年間、つまり、来年 2020年8月まで活動させてもらう予定になっています。
私はカンボジアをこよなく愛してしまいました。
その理由は、先ず、カンボジアのビールは安い、うまいことです。
生中は0.5ドルで飲めます。
常夏のカンボジアでは、汗をいっぱいかいて、シャワーを浴びた後、ビールがのど越しを通っていくときの快感はたまりません。
次に、カンボジアの人は優しいことです。私のような年寄りの先生を、特に大切にしてくれます。
学生たちのスマイル、「マサー!」「ティーチャー マサ!」という声かけにいつも元気をもらいます。
オーバーに言うと「生きるエネルギー」をもらいます。
さらに、学生たちは底抜けに明るく、男女の仲がとてもいいことです。
私はそんな光景を見るたびに、私まで明るくなり、孫の成長を見守る「おじいちゃん」の気持ちになります。
とてもハッピーになります。
私は日本に5歳と9歳の孫がいます。
孫たちに会いたくて、寂しい気持ちになる時があります。
しかし、学生たちのお陰で寂しい気持ちはすぐに消えていきます。
なにより、同じアパートに住んでいる11ヶ月の子が私になついてくれます。
私の腕に抱かれて、安心して眠ってくれます。
学生たちや赤ん坊のお陰で、私はカンボジア人をこよなく愛してしまいました。
私は10年以上前に、小学校教師を退職しました。
その後、保育所に勤めたり、小学校でアシスタント・ティーチャーをしたり、させてもらう機会を得ました。
友人が私に忠告してくれます。
「年寄りは子どもが嫌がるよ。いつまでも教師をするのは厚かましい。年を考えた方がいい。」
友人の忠告はカンボジアではあてはまりません。
学生が年寄りの私からも喜んで学んでくれます。
学生が私に「教える喜び」を与えてくれるのです。
カンボジアは私のような年寄りにとって、天国のような気がします。
日本では超高齢化社会を迎えています。
孤独死が新聞・ニュースでよく耳にします。
孤独死を 防ぐためか、高齢者が日本でアパートを借りるときは、保証人が必要だそうです。
カンボジアの高齢者は幸せです。
家族の絆が強く、孤独死がニュースになることはありません。
「小乗仏教と大乗仏教の違いはあるとはいえ、カンボジアも日本も同じ仏教国なのに・・・。」と考えてしまいます。
どうして、カンボジア人は高齢者に優しいのだろうか。
なぜ、カンボジア人は底抜けに明るく、家族を大切にするのだろうか。
その答えの一つにカンボジアの「おおらかさ」にあるような気がします。
そして、この「おおらかさ」は「幸せの沸点が低い」ことで培われるのかもしれません。
「幸せの沸点を下げる」と「今まで当たり前と思っていたこと」に感謝し、幸せを感じることができる。
そして、「他の人に寛容になれる」のだそうです。
幸せは「掴む」のではなく、「感じる」のだそうです。
カンボジア語で「オッエイテ」は関西弁で「かまへん」「気にせんときや」「しゃーない」「大丈夫」という意味だそうです。
「オッエイテ」は「マンエイテ」とも言うらしいです。
私の口癖になってしまいました。「オッエイテ」「マンエイテ」・・・・・・・・・・
教育アドバイザー
コンポントム州小学校教員養成校
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