ラタナキリへの小旅行(3) 爆撃の跡

2010年6月28日

爆撃の跡.jpgラタナキリは、東はベトナム、北はラオスに接する、カンボジアとしては北東の隅に当たる州である。

ラタナキリのベトナムに接する地域には、ベトナム戦争時代(1963-1974頃)に、ホーチミンルート(別名ベトコンルートとも呼ばれた)があり、北ベトナムから南への補給ルートとして使われた。
このために米国は、北ベトナムの爆撃を行い、ホーチミンルートも爆撃の対象になった。
さらにベトナム北部は霧が多い時期があり、爆撃地点が分からずに南に帰還する米軍機は、軽量にするために爆弾を落として行ったと言われている。


現在でもこの地域には、当時の不発弾が多く、時々被害が出ている。
少数部族の子どもたちを教育するために、NGOが取得した20ヘクタールほどの土地にも、十数発の爆弾跡があるという。
写真は、この爆弾跡の穴。
爆弾本体が掘った穴と、先端の火薬が爆発して掘れた二重構造。
不発弾ではない。
穴の直径は、数メートル、深さは3メートルほど。


ベトナム戦争当時、私は、何かの用事で朝霞の自衛隊に入ったことがあった。
ベトナム戦争で壊れた、戦車やジープが修理されていた。
遠くアメリカまで運んで修理するよりも、日本で修理した方が早いしコストの削減になる。
しかし、対戦している側から、日本が戦争に参加していると言われても、言い訳ができない気分になったことを覚えている。


それから既に、40年以上が経過しているが、現地ではまだ戦争の後遺症に悩まされている。
教育を、平和への礎にしなければならない。

金森正臣

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